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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6874号 判決

原告 日本出版販売株式会社

被告 株式会社太洋社 外二名

主文

1  被告株式会社太洋社は、原告に対し、一三八〇万九二四八円及びこれに対する昭和四六年八月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告伴野及び同坂上に対する各請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告株式会社太洋社との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告伴野友信、同坂上精近との間においては全部原告の負担とする。

4  この判決は、原告において金三〇〇万円の担保を供するときは、主文第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

(第一次請求)

1 被告株式会社太洋社に対し、主文第一項と同旨。

2 被告伴野、同坂上は、原告に対し、連帯して金一三八〇万九二四八円及びこれに対する昭和四六年八月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4 仮執行の宣言

(第二次および第三次請求)

1 被告株式会社太洋社は、原告に対し、金一三八〇万九二四八円及びこれに対する昭和四六年八月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は右被告会社の負担とする。

3 仮執行の宣言。

(第四次請求)

1 被告株式会社太洋社は、原告に対し、九一二万八〇〇〇円を支払え。

2 訴訟費用は右被告会社の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  第一次請求の原因(所有権の喪失を理由とする被告らに対する損害賠償請求)

1  原告会社及び被告会社は、いずれも書籍、雑誌類の取次販売を業とする者であり、被告伴野は被告会社九州出張所長、被告坂上は同出張所取引係長の地位にあつたものである。

2  訴外有限会社池田書店(以下「池田書店」という。)は、書籍雑誌類の小売業者で、かねて被告会社との間で書籍雑誌類の取引を継続してきたが、昭和四五年六月、原告に対し、訴外株式会社小学館発行の世界原色百科事典全一二巻(以下「原色百科」という。)に限って取引をしたい旨の申入れがあつたところから、原告は、池田書店をして原告との間で右取引をなすことにつき被告会社の了解を取りつけさせたうえ、同月一六日、池田書店との間で、原告所有の左記物件につき次の内容の売買契約を締結した。

(一) 目的物件 原色百科八〇〇セツト(一セツト一二巻詰)

(二) 代金 金一三九一万三六〇〇円(単価一万七三九二円)

(三) 支払方法 昭和四六年三月一五日、同年三月末日の二回に分割払

(四) 特約 代金の完済に至るまで、目的物件の所有権は原告に帰属する。

原告は、右約定に基づき、昭和四五年九月一四日に一〇〇セツト、同月一六日に二四セツト、同月一七日に一セツト、同年一〇月四日に二七五セツト、同月二五日に四〇〇セツト合計八〇〇セツトを池田書店の指定した八代市日奈久所在の訴外城南工業株式会社の倉庫に送付し、納品した。

3(一)  ところで、池田書店は被告会社に対しそのころ書籍取引上の買掛代金債務を負担していたが、うち二〇〇万円の支払のため振出していた昭和四五年九月末日を振出日とする先日付の小切手の決済ができなかつたところから、同年一〇月八日、被告坂上は、池田書店の代表取締役である池田日出男に対し、原告が当時送品ずみで前記倉庫に保管されていた四〇〇セツトの原色百科のうち二〇〇セツトを担保として訴外鶴屋書店こと近藤鶴男から二〇〇万円の融資を受けたうえこれにより右小切手を決済するよう要求し、池田が右原色百科は原告会社の所有に属する旨を述べてこれを拒んだにも拘らず、これを担保に提供しなければ池田書店に対する差押えをして営業の続行を不能にするなどの言辞を弄して池田を脅迫した。池田がやむなくこれを承諾したので、被告坂上は、即日、右二〇〇セツトの引渡を受け、これを担保として池田をして近藤から二〇〇万円を借用せしめて前記小切手金二〇〇万円の決済に充てるとともに、自ら右二〇〇セツトを前記城南工業株式会社倉庫から出庫し、同被告名義で訴外熊本合同倉庫に搬入し寄託した。その後、被告会社は右二〇〇セツトを他に売却処分してこれに対する原告の所有権を失わしめたのである。

(二)  次に、池田は、前記の経過で、訴外城南工業株式会社に残つていた原色百科六〇〇セツト中五九四セツトについて、昭和四五年一一月一〇日頃これを熊本合同倉庫に保管替えし、同倉庫に保管を委託していたところ、被告会社は、同月一六日、同書店に対する債権一〇九七万七〇一円中六〇〇万円の債権を保全する必要があるとして、右五九四セツトにつき池田書店を債務者とする熊本地方裁判所の仮差押決定を得てこれを執行池田書店に対する送品を停止した。原告の九州支店長桑野正男は右仮差押えの直後、この事実を知り、被告会社に対し、本件原色百科はいまだ代金が完済されず、所有権は特約により原告に属していることを明らかにし、仮差押の執行解放を要求した。同月二一日被告会社は右執行を解放したが、これに先立ち、同月一九日頃、被告伴野及び被告坂上は、池田に対し仮差押にかかる五九四セツトを被告会社に引渡すよう要求し、池田が右原色百科の代金が未済であり所有権はなお原告会社に属することを述べてこれを拒んだのに対し、右被告らは、これを被告会社に引渡せば従来どおりの取引を再開するし、原色百科に関する原告との交渉は被告会社において引受ける旨を述べ、池田をして右五九四セツトの原色百科の引渡を承諾させてその引渡を受けた。その後、被告会社は、右原色百科を他に売却処分して、これに対する原告の所有権を失わしめたのである。

4  しかるところ、本件原色百科については、2で述べたとおり、原告と池田書店との間には、代金完済に至るまで原告に所有権が帰属する旨の所有権留保の特約が結ばれていたから、池田書店に対する送品後もその所有権は原告に属していたものであるが、被告会社は、昭和二八年八月に設立されて以来、原告から一般書籍雑誌の卸を受けて小売書店に委託販売をしてきたもので、昭和四三年頃には原告の常用する右特約の記載のある取引約定書を原告からもらい受け、爾来これをひな型として同様の取引約定書を常用してきたのであり、しかもこの趣旨の約諾は明文をまたなくても、業界の商慣習として認められるものであるから、被告会社もまた原告と池田書店との本件取引につき右所有権留保の特約が存在することを知つていただけでなく、前述のように、被告会社ないしその従業員であるその余の被告らは、原告ないし池田書店から本件原色百科については前記所有権留保の特約があり、代金が未済であるため、なお原告の所有に属することを告げられたのであるから、右の事実を認識したものというべきであり、これを知らなかつたとするならば、その点につき過失があつたものというべきである。しかして、前述の池田をして本件原色百科を被告会社に引渡させた行為は被告伴野と同坂上によつてなされたのであるが、その具体的行為がその何れによつて行なわれたにせよ、両被告の職掌上、いずれも両被告の協議のうえでなされたものであり、これらの行為により被告らが原告をして本件原色百科合計七九四セツトの所有権を失わしめたことは、原告に対する不法行為である。従って、被告らは民法七〇九条により、また被告会社は七一五条又は四四条により原告に対し、連帯してその損害を賠償する義務がある。

5  しかるところ、右原色百科一セツトの定価は二万一〇〇〇円であつたが、その八二パーセントの金額一万七二二〇円と右金額の一パーセントの金額一七二円(円未満切捨)の諸掛りを加えた一万七三九二円(本件代金額)が本件の原価であるから、その七九四セツト分合計一三八〇万九二四八円が原告が被つた損害である。

6  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して右金額及びこれに対する不法行為成立後である昭和四六年八月二四日(本件訴状送達日の翌日)以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。

二  第二次請求の原因(原告の池田書店に対する代金債権侵害を理由とする被告会社に対する損害賠償請求)

1  かりに、本件原色百科の所有権が原告に属していなかつたとしても、前記のように、被告会社は、原告と池田書店とが本件原色百科の取引をすることにつき承諾をしており、しかも、原告においてこれを正規の販売ルートにのせて売り捌くことができなければ、池田書店としては被告会社に対して多額の債務を負担しているため原告自身の代金回収が不能となることを知りながら、前記のような事情のもとに池田書店をして本件原色百科七九四セツトを被告会社に引渡させたものである。

しかして、出版物取引業界においては、取次店と小売書店との間の書籍、雑誌の取引にあたつて小売書店から代金債権を回収する場合には、他の取引業者が右小売書店に送品した在庫品に対しては、これに仮差押や強制執行をし、担保権を設定させて引渡を受け、又はこれを自己の手に引上げる等の行為に出ることをせず、もし、これを引上げる等の行為があつた後でも利害関係者から異議の申出があつたときは、これを原状に回復するという商慣習が存在する。しかるに、被告会社は、本件原色百科中二〇〇セツトについては一3(一)記載のように、池田書店から引渡を受けたうえ、同所記載の経過によつて自己の債権中二〇〇万円の弁済を得、また五九四セツトについても一3(二)記載のとおり自己の債権確保のため仮差押をしたり、被告会社主張のような譲渡担保契約を締結せしめて、のちにこれを売却処分してその代金七一二万八〇〇〇円を自己の池田書店に対する債権の一部弁済に充当したのである。右はいずれも原告による異議の申出を無視してなされたものであつて、原告は被告会社の右行為により池田書店に対する代金債権の回収が不可能となつたが、右は被告会社が故意又は過失により商慣習に違反して原告の代金債権を侵害したものにほかならない。

2  よつて、原告は被告会社に対し、右代金相当額である一三八〇万九二四八円及びこれに対する第一次請求におけると同様の遅延損害金の支払を求める。

三  第三次請求の原因(被告会社の債務不履行を理由とする損害賠償請求)

1  原告と池田書店の本件原色百科に関する取引につき、被告会社が了解を与えていたことは、前記のとおりであるから、これにより、被告会社は、原告及び池田書店に対して右取引を妨害しない法律上の義務を負担したものというべきである。しかるに、被告会社は、前述のようにこの義務に違反して右取引の完結を妨害し、原告による売買代金の回収を不能ならしめたものであり、右は、被告会社が負担した右取引を妨害しない債務を履行しなかつた結果にほかならない。

2  原告は被告会社の右債務不履行により、本件代金額相当の損害を被つた。

よつて、原告は、被告会社に対し第一次請求と同額の金員の支払を求める。

四  第四次請求の原因(被告会社に対する不当利得返還請求)

1  前記のとおり、本件原色百科は、いずれも被告会社によつて他に売却処分され、原告は、その代金の回収が不能となり損失を被つた反面、被告会社は、前記のようにうち二〇〇セツトの引渡を受けたことにより池田書店に対する二〇〇万円の債権の弁済を受け、また五九四セツトを他に売却処分して得た代金七一二万八〇〇〇円をもつて昭和四六年二月一五日池田書店に対する残債権につき内入れ弁済を受けた。

2  しかしながら、前記のように被告会社が本件原色百科の占有を取得した際には、原告の所有に属することを知り又は知ららないことにつき過失があり、また、その占有の取得は平穏になされたものといえないものであつて、被告会社が譲渡担保権を取得しなかつたことは、再抗弁として述べるとおりである。従つて、被告会社は法律上の原因なく、右合計九一二万八〇〇〇円の利得を得たものというべきである。

3  よつて、原告は、被告会社に対し、不当利得金九一二万八〇〇〇円の支払を求める。

二 被告らの答弁及び抗弁

1  第一次請求の原因について

(一) 請求の原因事実1は認める。

同2のうち、池田書店の営業内容及び被告会社と池田書店との間に原告主張の取引が継続してきたこと、原告と池田書店との間で、原告主張の日に、本件原色百科八〇〇セツトにつき売買契約が成立したこと、右売買契約の当時、右原色百科が原告の所有であつたこと、原告の池田書店に対する送品により、そのうち少なくとも七九四セツトが八代市内の城南工業株式会社倉庫に保管されていたことは認める。右取引につき被告会社が了解を与えていたこと、原告と池田書店との間に原告主張の所有権留保の特約が存したことは否認する。その余の事実は不知。

同3(一)のうち、被告会社が池田書店に対して取引上の債権を有していたこと、原告主張の日に被告坂上が池田書店の代表取締役池田日出男から原色百科二〇〇セツトの引渡を受け、その後同被告において熊本合同倉庫に搬入したことは認めるが、その趣旨は否認する。池田が訴外近藤から二〇〇万円を借受け、これをもつて、被告会社の池田に対する債権二〇〇万円の支払を受けたこと、右二〇〇セツトが後日他に処分されたことは認める。その余の事実は否認する。原告が右二〇〇セツトの所有権を失つたことは争わない。

同3(二)のうち、原告主張のころ、五九四セツトが池田名義で熊本合同倉庫に寄託されていたこと、原告主張のとおり被告会社が右五九四セツトにつき仮差押をしたこと、その後その執行を解放したこと、被告会社が右五九四セツトの引渡を受けたこと、被告会社がその後他にこれを売却処分したことは認めるが、その余の事実は争う。なお、被告会社が引渡を完全に受けたのは、昭和四五年一一月二一日である。原告が右五九四セツトの所有権を失つたことは争わない。

同4のうち、被告会社が原告との間で書籍、雑誌の中取次販売取引をしたことのある事実、原告が本件原色百科の代金の支払を受けていなかつたことは認めるがその余の事実はすべて否認する。

同5は不知。

同6は争う。

(二)(1)  原告がその主張の所有権留保の特約が存在した証拠として援用する取引約定書(甲第一号証)第六項の特約条項は、原告と池田書店間の本件売買契約の合意に含まれていなかつた。その理由は次のとおりである。

(イ) 本件取引は、当時予定されていた八代市長選挙の運動資金をその売上金から調達するため企画された一回かぎりの売買契約である。すなわち、従来、原告と池田書店との間には取引が存在しなかつたのであるが、池田書店の代表取締役池田日出男の義兄である訴外山本朝道は、右選挙運動資金を獲得する手段として原色百科を八代市内の労働組合を通じ、その組合員に販売し、その売上利益金の三分の二を自己の支持する候補者に提供しようと企てて池田の賛成を得、原告九州支店長桑野正男に取引方の申入れをした結果、本件売買契約が成立した。なお、池田はそれ以前、被告会社に対しても右取引の申入れをしたが、被告会社では、政治的意図をもつた取引であることから代金回収等の面に危険があるとしてこれを断つた。このように、本件取引は、右取引約定書記載のような継続的取引の一環としてなされたものではない。

(ロ) また、池田及び山本は、右取引約定書記載の代金支払方法(四項)によることなく、別途覚書(甲第六号証)をもつて代金支払時期を約定しておりしかも、信認金の授受(二項)が行なわれず、担保の差入れや池田書店に対する信用調査も行なわれていない。

(ハ) 書籍の末尾に添付されている報奨券は、小売書店がこれを取り外して報奨金を受領すると、その時から該書籍の所有権は小売業者に移転するのが業界の常識である。ところが、本件取引においては、前記原告九州支店長桑野が池田に対し、報奨券を取り外して出版元の小学館に送り報奨金を受領して前記選挙運動資金に使用することを認め、池田は、昭和四五年一一月六日小学館から報奨金を受取つているのである。

(ニ) 前記桑野は、昭和四五年一一月一〇日付をもつて、当時熊本合同倉庫に寄託されていた原色百科につき、池田をして原告あての返品伝票を添付した商品保管依頼書(甲第八号証)を作成差入させたが、その占有を移転しなかつた。これは、本件原色百科の所有権の返還を受ける必要があると考えたためのものである。

以上の点からみて、本件取引については、所有権留保の特約は存在しなかつたものというべきである。

従つて、本件原色百科の所有権は、おそくともその現品が原告により城南工業株式会社倉庫に送付され、池田書店に対する引渡が完了した時点において同書店に帰属したものというべきである。

(2)  かりに、原告援用の取引約定書第六項が本件取引に適用されるとしても、同項は、買主である池田の意に反して商品が一般債権者の執行の対象となつた場合に、売主である原告が優先的に取り戻しうることを定めたものであり、買主において任意に処分することはこれを妨げない趣旨に解すべきである。けだし、小売書店においては商品の大部分は通常のルートにより販売されるが、みずから使用し、無償で贈与し、又は一時的に資金繰りの必要上担保に供することも皆無ではなく、これらのことも許されると解すべきだからである。しかも、右のような附合契約の条項はできるだけ文言に添つた解釈をすべく、右のように解するのが相当である。

(二) 被告らの抗弁(譲渡担保権の善意取得)

かりに本件原色百科の所有権が池田から被告会社らにおいてその引渡を受けた当時原告に帰属していたとしても、後記(1) 、(2) のとおり、二〇〇セツトについては訴外近藤鶴男が、五九四セツトについては被告会社がそれぞれ池田書店に対して有する債権の担保としてその代表取締役池田から譲渡を受けたものであり、その当時被告会社ないし近藤においてその所有権を善意取得した。従つて、その後、原告の所有する事実を知つたからといつて、これを処分して原告の所有権を失わせたことが原告に対する不法行為となるものではない。

(1)  二〇〇セツトの譲渡について

池田書店は、昭和四五年九月二七日頃、被告会社に対し同年九月分の書籍仕入代金支払のため金額二〇〇万円の小切手を振出した。ところが、池田書店の代表取締役池田日出男は、その決済資金に窮し、同年一〇月八日、訴外近藤から二〇〇万円を借受けて支払うこととし、右借受金債務を担保するため、前記城南工業株式会社倉庫に保管されていた右二〇〇セットを近藤に譲渡することを約し、右取立のために同所にいた被告坂上が近藤の代理人となって引渡を受けたのである。その際、代理人である被告坂上にはなんら強要の事実はなく、平穏かつ公然と引渡を受けたものであり、また、池田にはこれを処分する権限があると信じていたものであり、その点につき過失がなかった。

(2)  次に、池田書店は、昭和四五年一一月一一日、金額一〇万円の小切手を不渡りにして倒産するに至った。ところが、

池田書店は、被告会社に対して一方的に取引を中止する旨を通告してきたので、被告会社としては同書店に対する売掛金債権を保全する必要を生じ、被告坂上において急拠池田書店に赴いて送品ずみの書籍雑誌の返品を受けるとともに、城南工業倉庫に保管してあった原色百科五九四セットが熊本合同倉庫に移転されているのを探知し、これに対して原告主張の仮差押決定を執行したのである。ところで、右倒産は原告と池田との共謀による偽装倒産の疑いが強かったのであるが、その後池田がその態度を変え、被告会社に助力を求めてきたので、被告会社は、同年一一月一九日、同日現在の池田書店に対する売掛金債権九四八万四七七九円の担保として池田書店から前記五九四セツトの原色百科を譲受けることとし、同月二一日その引渡を完了した。従つて、右譲受け及び引渡は平穏かつ公然と行なわれたものであり、また被告会社は、池田にはこれを処分する権限があると信じ、その点につき過失がなかつた。

2  第二次請求の原因について

原告主張の商慣習の存在は否認する。その余の事実は争う。被告会社が仮差押その他の挙に出たのは、池田書店が被告会社への事前の連絡もなく突然倒産したとの通告を受けたためであつて、止むをえず債権回収の手段を尽したにすぎないのである。右の倒産に原告が関与した疑いがあることは、前記のとおりであり、原告は池田日出男の弟池田幸治名義でではあるが新規の取引を開始する準備を完了していたものである。

かような事情のもとでは、なんら被告らの行為に違法な点はない。

3  第三次請求の原因について

いずれも争う。

4  第四次請求の原因について

請求原因事実中1は認める。2は争う。

三  被告らの第一次請求の原因に関する抗弁に対する原告の認否

被告らによる占有の取得が平穏公然と行なわれたこと、善意無過失であつたことは否認する。その事情は請求の原因一3(一)、(二)に述べたとおりである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一被告会社に対する第一次請求、その余の被告らに対する請求について

一  原告及び被告会社がいずれも書籍、雑誌類の取次販売を業とするものであること、訴外池田書店が書籍、雑誌類の小売業者であり、かねて被告会社との間で書籍雑誌類の継続的な取引を行なつてきたものであること、昭和四五年六月一六日、原告と池田書店との間に本件原色百科八〇〇セツトを原告から池田書店に売渡する旨の売買契約が締結されたこと、右契約時において右原色百科が原告の所有であつたこと、その後、原告から右原色百科中少なくとも七九四セツトが八代市内の城南工業株式会社倉庫に送品され保管されるに至つたことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし三、同第五号証の一、二、証人桑野正男、同池田日出男、同山本朝道の各証言により真正に成立したと認められる甲第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第七号証と証人桑野正男の証言によれば、右八〇〇セツトの代金は、単価を一万七三九二円とし総額一三九一万六〇〇円であり、その支払は翌四六年三月一五日と同月三一日の二回に分けて四〇〇セツトずつの分を支払う約であつたこと、右の現品は、同四五年一〇月四日までには四〇〇セツトが、一〇月二五日に残りの四〇〇セツトが右会社倉庫に搬入されたことを認めることができ、これに反する証拠はない。また、原告がその後池田書店から右原色百科の代金の支払を受けなかつたことも当事者間に争いがない。

二  本件原色百科七九四セツトの処分経過について

1  本件原色百科七九四セツトが終局的に被告会社によつて他に売却処分されたことは当事者間に争いがない。

そこで、まず右原色百科の処分までの経過について検討する。

2  二〇〇セツトについて

被告坂上が当時被告会社九州出張所の取引係長の地位にあつたこと、同被告が昭和四五年一〇月八日、右原色百科の買主である池田書店の代表取締役池田日出男から右会社倉庫に当時保管されていた原色百科四〇〇セツトのうち二〇〇セツトの引渡を受けたこと、右の際、池田が訴外近藤鶴男から二〇〇万円を借り受け、これをもつて被告会社の池田書店に対する債権二〇〇万円の支払に充てたことは当事者間に争いがなく、右二〇〇セツトがその後被告会社により他に処分されたことは前説示のとおりである。そして証人池田日出男、山本朝道の各証言、被告坂上本人尋問の結果と口頭弁論の全趣旨とによれば、池田書店は、被告会社に対し同年九月分の書籍代金の支払のため、同月二七日頃、金額二〇〇万円の振出日を同年九月二〇日とする先日付の小切手を振出し、集金のため八代市の池田書店を訪れた被告坂上に交付していたが、支払が得られなかつたため、同年一〇月三日、被告会社はその取立を取引銀行に依頼したこと、同月八日、被告坂上は池田書店を訪れ代表取締役の池田日出男に支払を促し、金策を迫つたが、池田には他に金策の方法がなく、金策がつかなければ不渡りを出して倒産するおそれがあつたところから、被告坂上において被告会社の取引先で福岡市に居住する近藤鶴男に連絡して、取り敢えず同人から二〇〇万円を池田において借用する斡旋をし、近藤はこれを承知して二〇〇万円を池田書店の取引銀行に電信送金し、右小切手が決済されたが、その際、池田は、近藤にあてて一か月先の日を振出日とする先日付の小切手を振出すとともに、近藤に対する債務の担保として前記二〇〇セツトを譲渡担保に提供し、その所有権を近藤に移転したこと、右二〇〇セツトはその後被告坂上によつて熊本合同倉庫に搬入された後、同年一一月二〇日頃、被告坂上の指揮で被告会社に運ばれ、保管されたこと、これに先立ち池田書店から担保の設定を受けた近藤は池田書店が借用金支払のため振出した前記小切手が不渡となつたため被告会社にその処分方を依頼していたが、その後被告会社は近藤に対して池田書店の借用金二〇〇万円を立替え支払つたこと、後に3で認定するように、右二〇〇セツトが被告会社に保管されていることを原告の知るところとなり、原告から被告会社に対し買取方の申入れがなされたが、結局物別れに終り、被告会社は、翌四六年初め頃、他に二〇〇万円余りで売却し、その代金はさきに近藤に支払つた二〇〇万円の立替払金に充当したこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば、訴外近藤が池田書店に対して二〇〇万円を貸与するに際し、被告坂上はその代理人となつて原色百科二〇〇セツトにつき譲渡担保契約を締結し、その引渡を受けたものというべきである。

3  五九四セツトについて

右五九四セツトの原色百科が昭和四五年一一月一六日頃、池田により熊本合同倉庫に保管されていたこと、同日、被告会社が熊本地方裁判所に対する申立により得た、池田書店に対する債権一〇九七万七〇一円中六〇〇万円の債権保全のための同書店を債務者とする仮差押命令の執行として、右五九四セツトの仮差押をなしたこと、同月二一日被告会社は右仮差押の執行を解放し、そのころまでに池田から右五九四セツトの引渡を受けたことは、いずれも当事者間に争いがなく、その後被告会社において右原色百科を他に売却処分したことは前説示のとおりである。そして、右争いのない事実と成立に争いのない甲第八号証、同第一三、第一四号証、同第一五、第一六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二一号証、証人池田日出男の証言と被告坂上本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証に証人池田日出男、同桑野正男、同小宮利夫、同伊藤重治の各証言、被告伴野、同坂上各本人尋問の結果によれば、池田書店の代表取締役池田日出男は、原告との間で本件原色百科の売買契約を締結した際には、原告との間で、他に継続的取引を行なうまでの意志をもたなかつたのであるが、被告会社との間の買掛金債務が九〇〇万円余に増大するに及んで被告会社からの送品が先細りの状態になることを心配し、局面を打開するため池田の弟池田幸治の名義で原告との一般書籍の継続取引を開始したいと希望し、原告の九州支店長桑野に相談をもちかけた結果、その示唆で、昭和四五年一一月八日頃には東京の原告本社の承諾を取りつけることができたこと、池田は原告との取引開始の見込もたつたところから、一一月一〇日頃に被告会社との取引中止を通告すべく、被告坂上に対して一一月一五日以降は送品を停止されたい旨の申入れをしたこと(なお、そのころ、池田書店振出の額面一〇万円の小切手が不渡となつたとの事実については、その趣旨にそう被告伴野、同坂上各本人の供述は、当時作成された成立に争いのない甲第三〇号証の一、二の記載に徴して措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)、右のような事態を生じたところから、被告会社は、原告ないし池田書店の被告会社をないがしろにした前記行動に対する対抗策として、同月一四日熊本地方裁判所から前示の仮差押決定を得、同月一六日五九四セツトの原色百科につき仮差押の執行をしたこと、右仮差押の事実は、翌一七日、被告会社の取引担当常務取締役である南某及び取引部次長渋谷某が東京にある原告本社を訪れ、その事実を通知するとともに、池田との取引をやめるよう申入れたところから、原告の知るところとなり、原告本社では電話で九州支店長桑野正男に連絡し、事情調査を命じたこと、桑野は本社社員の応援を得て善後策を講ずることとし、翌一八日、池田をしてその作成日付を一一月一〇日に遡らせた、本件原色百科七九四セツトの保管を原告に依頼する旨の原告宛、商品保管依頼書なる書面(甲第八号証)を作成、差入れさせるとともに、翌一九日、桑野が池田を同道して被告会社九州出張所を訪れ、出張所長伴野に対して原告と池田との前記継続取引を中止するから、原色百科に対する仮差押を解いてもらいたい旨の申入れをしたこと、桑野の辞去後、被告坂上はあとに残つた池田との間で協議をなした結果、池田は、同月一五日現在被告会社に対し九四八万四七七九円の買掛金債務を負担していることを確認するとともに、被告会社との間で、熊本合同倉庫に保管されている原色百科五九四セツトをその債権の担保のため被告会社に譲渡すること、池田書店において、同日から起算して一〇日以内に前記債務を完済しなかつたときは、被告会社において右原色百科を時価で評価し、その評価額をもつて弁済に代えて所有権を取得することもできること、池田書店は指図による占有移転の手続をなし、また熊本合同倉庫が被告会社に引渡すことに異議がないことの諸点を合意した譲渡担保権設定契約書(乙第二号証)を被告会社に差入れたこと、被告会社では、右書面の差入れを得たところから、同月二一日右五九四セツトに対する仮差押の執行を解放するとともに、熊本合同倉庫に対する寄託者の名義を被告坂上の個人名義に変更したこと、その前後にわたり、原告と被告会社とは善後措置を講ずるためそれぞれの本社から応援にかけつけた者らを加え(被告会社においては、前記取引部次長渋谷某がこれに加わつた。)福岡市内で会合し、原告から被告会社に対し二、三回にわたり二〇〇セツトの買取り方と五九四セツトの返還方を申入れていたが、被告会社の承諾するところとならなかつたこと、被告会社では、右交渉と併行して、同月二五日、右五九四セツトを被告坂上において熊本合同倉庫から志免の福岡陸運倉庫に移転して、船曳英也なる者の名義をもつて寄託したこと、その後、同年一二月に至り、原告は、二〇〇セツト及び五九四セツトにつきそれぞれ被告会社を債務者とする仮処分を執行したが、前者については近藤鶴男から第三者異議の訴が提起されたため、執行を取消し、また後者については前記の事情で寄託者の名義人を異にしたことから執行ができないという事態が生じたこともあり、その後、同月二八日に再開された原・被告間の協議も物別れとなり、その後は特段の交渉がなかつたこと、その後、翌四六年二月一五日、被告会社は右五九四セツトを他に売却処分し、一セツト一万二〇〇〇円の割合による合計七一二万八〇〇〇円を池田書店に対する債権の内入弁済に当てたこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

三  本件原色百科に対する原告の所有権の存否・買主による処分の可否

1  被告会社は、本件原色百科の売買契約については代金完済までその所有権が原告に留保される旨の特約があつた旨の原告の主張を争い、原告援用の取引約定書六項は合意の内容となつていなかつた旨を主張するので検討する。

証人池田日出男、同山本朝道の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証(取引約定書)と同証人らおよび証人桑野正男の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、右取引約定書は、本件売買契約について作成されたものであることが明らかであるところ、右約定書の第六項に「委託品及び支払未了の買切扱品等の所有権は貴社に帰属する」旨の記載が存することは、被告の認めて争わないところである。そして、原告と訴外池田書店との間には従来継続的な取引が存在しないで本件売買契約が締結されたものであることは前認定のとおりであるところ、前掲甲第六号証と証人池田日出男、同桑野正男、同山本朝道、同伊藤重治の各証言と被告坂上本人尋問の結果とによれば、池田の義兄である山本朝道は、その支持する松岡明がそのころ予定されていた八代市長選挙に革新系候補者として立候補するにつき、その選挙運動資金を捻出するため、小学館の発行する原色百科を熊本県下の労働組合を通じて組合員に販売しその代金や出版元が小売書店に販売促進の趣旨で支払う報奨金の一部をこれに充てようと計画し、池田書店代表取締役池田日出男の賛成、協力を得られることとなつたこと、昭和四五年六月頃、池田及び山本は当初この企画を被告会社に持ち込んだところ、投機的な色彩を帯びるとして被告会社の協力を得られなかつたが、偶々山本と原告九州支店長の桑野の伯父とが知合いであつたところから、同人の紹介で、この企画を原告九州支店に持ち込み、本件売買契約が成立したこと、本件売買契約は、大量の書籍を対象とするところから、書籍の小売店である池田書店を買主として成立したが、購入目的が前記のものであつたため、その取引は一回かぎりのものとし、また委託販売としてでなく、返品のできない買切り商品として成立したこと、報奨券についての出版元と小売書店間の取扱いとしては、小売書店に現品が到着した際小売店においてこれをはずして出版元に送り金銭の支払を受けるが、小売店において顧客に販売した際これをはずして出版元に送り金銭の支払を受けるかの方法によるのが通常であるが、本件原色百科は買切品であり、しかも大量にまとまつたセツト販売であつたところから、八〇〇セツト分全部の報奨券が原色百科の包装箱に添付されることなく、別途、小学館から原告の本社に送られ、さらに九州支店に転送されたこと、右報奨券はその後池田の要望により池田に交付され、その後同年一一月初め頃現金化されて三二〇万円が小学館から池田書店の当座預金に入金されたこと、右取引約定書は、昭和四五年六月一六日作成されたものであるところ、当時はまた購入部数、従つて代金総額は確定されていず、当初買主側では二〇〇〇部ないし三〇〇〇部の購入を希望していたが、その後、原告九州支店長桑野と山本、池田及び販売先の労働組合の担当者が協議をした結果、同年九月初め頃、購買能力を考えて八〇〇セツトと決定された結果、同月一四日頃から送品が開始され、八〇〇セツトの納品が完了した直後の同年一〇月二八日に、池田日出男及び山本朝道と原告との間で、その代金支払につき、うち四〇〇セツトについては同年一二月一五日振出、満期同四六年三月一五日とする約束手形、他の四〇〇セツトについては同年一二月末日振出、満期同四六年三月末日とする約束手形にそれぞれ訴外肥後相互銀行の裏書を受けて原告に交付し、これをもつて支払う旨を約したこと、以上の事実を認めることができ、証人伊藤重治及び山本朝道の各証言中右認定に抵触する部分は措信しがたく、他に右認定に牴触する証拠はない。

右認定の事実関係と前掲甲第一号証の記載とを対比すれば、本件売買契約は被告ら主張のとおり一回かぎりの取引を予定して締結されたものであるにも拘らず、その用いられた取引約定書は、継続的取引を予定した不動文字の用紙が用いられており、例えば信認金に関する諸条項、代金支払に関する条項など適用をみない規定が多く存在するのにこれを抹消していない(本件契約につき信認金の納付がなかつたことは、証人桑野正男の証言により明らかである。)など契約の実体からみれば契約書として不完全なものといわざるを得ない。

しかしながら、右のごとき契約書であつても、契約の締結に当たり作成されたものである以上、契約内容として適用が可能な規定は、特段の事情がなければ、当事者においてこれに拘束され、契約の内容になると解するのが相当であるから、第六項の定めが契約内容となつていない理由として被告の挙げる点につき検討してみるに、まず、本件売買が一回かぎりの取引で、買切品で返本のきかない商品であつたというだけでは直ちに所有権留保の特約が合意の内容たりえなかつたということはできない。けだし、商品の売主がその所有権を自己に留保するのは代金の回収を確保するため、代金未済のうちに買主の債権者が売渡商品に対する強制執行をするなどの行為に出ることを妨げ、売主による権利主張の余地を残すことを目的とするのであるから、買主からする返品を許さないこととは両立しえないものではないからである。前掲甲第一号証(取引約定書)第六項が支払未了の買切扱品についても所有権留保の適用があることを定めていることは、右の判断を支持するに足りるものといえよう。もつとも、成立に争いのない乙第五号証によれば、買切り扱い品については物品の引渡の時に所有権を移転する旨の定めが日本商工会議所により定められた標準契約書に存在することが認められるが、右は昭和四九年三月制定のものであり、本件当時に存在したものではなく、特約を結ぶことを妨げるものではないから、前記の解釈を左右するに足りるものではない。また、証人桑野正男は、原告において池田書店に対する特段の信用調査を行なうことなく本件契約を締結し、代金支払前に現品を納入したのは、代金の支払につき銀行の保証があつたからである旨供述しており、首肯しうるが、このように代金の支払が確実であつたことも必ずしも所有権留保の特約と両立しえないものではない。けだし、現品の送付後代金支払までの間に約四か月の期間があり前記のような第三者の介入を防止する必要があるからである。次に、被告らは、報奨金が別途に送付されており、すでに池田書店において受領しているから、本件原色百科の所有権は池田書店に移転したと主張する。本件の報奨券が通常の扱いと異なる方法で送付され、被告主張のころ、池田書店の当座預金口座に入金されたことは、さきに認定したとおりである。しかしながら、右入金の時期は、前認定のように原告と池田書店、山本ら買主側との間において銀行の裏書による代金の支払方法が確定した後であり、そのことから池田側の販売費用として必要だとする要望を入れて事前に報奨金の支払をしたものと推認することが可能であるのみならず、証人池田日出男の証言によれば、通常の取引においても報奨金の支払は代金の支払後という取扱いにはなつていないことが認められるから、右のごとき報奨金の事前支払の事実からだけでは所有権留保の合意が存在しなかつたと認定することはできない。また被告は、原告において池田書店をして甲第八号証(商品保管依頼書)を差入れさせた際、その保管場所を移転しなかつたのは、所有権の返還を受けるために右書面を作成させたことを意味すると主張する。しかしながら、右書面が作成されたのは前認定のようにすでに仮差押の執行後である昭和四五年一一月一八日のことであつて、現実の占有移転は法律上不可能であつたばかりでなく、右書面の記載は所有権が原告にあることを前提に仮差押の執行前その占有を原告に移していたことを装う趣旨で作成したと解することも可能であるから、右書面の存在をもつて直ちに本件原色百科の所有権が池田書店に移転していたと解しなければならないものではない。

以上の点に徴すれば、本件取引約定書の所有権留保条項が本件契約の内容とならなかつたと認めるだけの特段の事情は存しないものというべきである。もつとも、証人池田日出男の証言中には、取引約定書中に所有権留保の条項があつたことは知らなかつた旨の供述があるが、証人桑野正男、同山本朝道の証言に照らして措信しがたい。

以上の諸点と原告の主張と同旨の証人桑野正男の証言とによれば、本件における取引約定書中の所有権留保条項は原告と池田書店及び山本朝道間の売買契約においてその契約内容となつており、本件原色百科の所有権は代金の完済までは原告に留保されていたものと認めるのが相当である。もつとも、本件原色百科は前認定のように熊本県下の労働組合員に販売することが予定されていたのであるから、代金完済前であつても、池田書店において正常の過程に従つて販売することは原告においてこれを認容していたものと認めるのが相当である。

2  次に、被告らは、取引約定書六項の適用があるとしても、買主である池田が任意に処分することは、右条項によつては妨げられないと主張する。しかしながら、所有権留保の趣旨が前記のように代金債権の確保の目的のためである以上、買主による自由処分は全くこれと両立しえないことであり、担保提供行為もまた許されないものであることはその趣旨に徴して明らかであるから、被告らの主張は理由がない。

四  被告らによる善意取得の成否

1  二〇〇セツトについて

被告らは、右二〇〇セツトにつき、昭和四五年一〇月八日、訴外近藤において被告坂上を代理人として池田書店代表者から譲渡担保の設定を受けたことにより、所有権(譲渡担保権)を取得したものであり、被告会社による処分はこれに起因するものであるから、不法行為責任はないと主張するところ、近藤が被告ら主張のとおり被告坂上を代理人として池田書店から譲渡担保の設定を受けて右二〇〇セツトの所有権を取得したことはさきに二2において認定したところである。

よつて、近藤の代理人となつた被告坂上につき被告池田が無権利であることについて故意、過失がなかつたかの点をまず検討する。この点につき前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第二八号証、おそくとも昭和四四年頃から被告会社が一部の小売書店との取引に使用していた取引約定書であることに争いのない甲第二〇号証、証人桑野正男の証言に口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社では、おそくとも昭和四二、三年頃までの間に、原告会社から甲第一号証と同じ記載事項の取引約定書のひな型をもらい受けて、これとほぼ同一内容の取引約定書用紙を印刷し、おそくとも昭和四四年から九州出張所においてもこれを用いていたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、本訴において被告から書証としてこれと異なる様式の取引約定書用紙の提出がない事実に徴すれば、被告会社では右のころ以降一般に右の様式の用紙を用いたものと推認するのが相当であるところ、この事実に被告坂上が被告の九州出張所取引係長の地位にあつた事実を併せ考えれば、同被告は書籍の取引については一般に買切扱い品であつても所有権留保の特約が存在する事実を了知していたものと認めるべきである。しかるところ、被告坂上本人の供述によれば、同被告は、当時本件原色百科が買切り商品であり、報奨券が出版元に送られていることを知り、代金の支払についても保証手形を発行して品物を送る条件で取引が成立したと聞いていたところから、代金の支払は一応済んでおり、かりに済んでいなくても手形が差入れられているために原告から池田書店に送品されたものと判断し、譲渡を受けることについては抵抗を感じなかつたというのであるが、同被告本人の他の供述と証人山本朝道の証言によれば、当時、池田商店から被告会社の代金支払のため振出されていた小切手の決済の時間が目前に迫つていたところから、その処理に心を奪われて職務熱心の余り、本件原色百科の所有関係を確認することについては特段の関心を抱かないまま、近藤の代理人として右二〇〇セツトにつき譲渡担保の設定を受けたものと認めるのが相当である。

そして、右に認定した事実関係のもとでは、近藤の代理人である被告坂上において本件原色百科の所有権が池田書店に属すると信じていたと認めることには疑念を抱かざるを得ず、かりにそのように考えていたとするならば、被告坂上にはそのように考えるについて過失があつたものというべきである。

従つて、その本人である近藤は右二〇〇セツトにつき所有権(譲渡担保権)を取得することができなかつたものといわなければならず、被告らの善意取得の主張は採用することができない。

2  五九四セツトについて

被告は右五九四セツトにつき、昭和四五年一一月九日池田書店から被告会社の池田書店に対する債権の担保の目的で譲渡担保としてその所有権の移転を受けこれを善意取得した旨主張するところ、被告がその主張のとおりの譲渡担保権の設定を受けたことは、さきに二3において認定したとおりである。しかしながら、右譲渡担保契約が締結される以前にさきに認定のように、被告会社によつてなされた右五九四セツトに対する仮差押の事実を原告の知るところとなり、原告は被告会社九州出張所に対して右仮差押の解放を申入れており、証人桑野正男の証言によれば、その際、原告側では被告伴野、同坂上に対して原告会社の所有である旨を申入れた事実を認めることができるから、被告伴野、同坂上としては、当然に右五九四セツトの権利関係について疑念を抱くべきだつたのであり、従つて、かりに同被告らが右原色百科が池田書店の所有に属すると考えていたとすれば、その点につき過失があつたものといわなければならない。従つて、被告らの善意取得の主張は採用することができない。

五  被告らの責任

以上説示したところによれば、被告会社はその主張の善意取得により原告が権利を失うことのなかつた本件原色百科合計七九四セツトを他に売却処分したこととなるのであるが、被告坂上、同伴野各本人尋問の結果によれば、本件原色百科の処分はいずれも東京にある被告会社の本社において行なわれたものであつて、同被告らは九州出張所から指示に基づいて送付しただけで処分に関与しなかつた事実が認められ、これに反する証拠はない。

しかして、本件における原告の損害賠償請求は本件原色百科が被告会社の手で他に売却されたために所有権を失つたことを理由とするものであるところ、被告坂上、同伴野は右処分に関する意思決定にまで関与したことを認めるに足りる証拠がないから、同被告らについては、右売却処分による所有権喪失に関する不法行為責任を負うものではないと解するのが相当である。

次に、被告会社の責任について考えるに、前認定のように売却処分の意思決定は被告会社の本社において行なわれたのであるが、その意思決定に直接関与した者を特定することができない。しかしながら、さきに認定したように、被告会社においては、五九四セツトの仮差押をした直後に常務取締役である南某と取引部次長である渋谷某が原告本社を訪れて原告の行動について抗議を申入れ、またこれにより原告との間で紛争を生じて後は右渋谷次長を九州出張所に派遣して交渉に当らしめるなど紛争の解決に直接の指揮をとつているほか、証人近藤正一の証言によれば、昭和四五年一二月四日には再び前記南、渋谷の両名が原告会社を訪れて五九四セツトをもう暫く預かりたい旨原告会社首脳部の了解を求めた事実も認められる。そして、成立に争いのない甲第四四号証によれば、原告は出版取次業者として有数の規模を有するものであることが認められ、被告会社もまた過去において原告と中取次販売取引を行なつていたことは当事者間に争いがないから、原告のような大手業者との間の紛争の処理に当たつては被告会社の代表者もまたその事態を把握していたものと認めるのが相当である。そして、かような経緯のもとにおいては、右代表者においても本件原色百科が原告の所有に属するものであることを知りえたものといわなければならない。従つて、被告会社において本件原色百科を売却処分したことは被告会社の過失に基づくものであり、被告会社は民法四四条に基づく不法行為責任を免れえないのである。従つて、被告会社は、原告が本件原色百科七九四セツトの所有権を失つたことによる損害を賠償すべき義務がある。

そこで、右損害額について検討すると、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、同第三号証の一、二によれば、本件原色百科の小売価格は一セツトにつき二万一〇〇〇円であつたところ、その卸価格はその八二パーセントにあたる一万七二二〇円とさらにその一パーセントにあたる一七二円(円未満切捨)を諸掛りとして加えた一万七三九二円であつたことが認められる(右金額が本件売買代金の単価となつていることはさきに説示したとおりである。)。従つて、本件原色百科は当時右と同じ市場価値を有していたものと認められるが、被告会社は原告による返還の申入れにも拘らず返還せず、結局これを他に処分して原告の所有権を失わしめたのであるから、原告に対し、右単価の七九四セツト分合計一三八〇万九二四八円の損害を被らせたものというべきである。なお、被告会社が本件原色百科を右価額より低い金額で処分したことはさきに認定したところであるが、その処分の経過等から明らかでなく、適正価額と判定するに足りる資料がないから、被告会社による処分価格は右損害額の算定基準として適切ではない。

第二結論

以上の次第で、原告の本訴請求(被告会社に対しては第一次請求)は、被告会社に対する関係では全部理由があるからこれを認容するが、被告伴野、同坂上に対する関係では理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井直昭)

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